アルカディアに我ありき

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逸身喜一郎著 ラテン語の話-通読できるラテン語文法 (大修館書店)
は、
ラテン語に関する興味深い話題を通して初心者が親しみを持てるように書かれた親切な本です。

ラテン語をヨ-ロッパ文化の根源に関わる言語として意識し自分も読んでみたいと思ってはいても、その文法について覚えなければならない決まりごとが多そうで近付き難く感じていた私にとって、この本は丁寧にかつ分かりやすくそして面白く書かれていてとても有難く感じた覚えがあります。今でも時々読み返しています。

その本の最終章で、このタイトルに挙げた言葉(アルカディアに我ありき)について説明されています。それは、次のようなものです。

アルカディアとは、理想郷(ユ-トピア)を意味する想像上の地名です。
現実に、アルカディアという名前の土地はギリシャにありますが、それは「理想郷」とはほど遠い荒涼とした土地だそうです。

最初に et in Arcadia ego というラテン語がありました。
その意味は「アルカディアにすら、我はいる」(アルカディアにもまた、私はいる)です。

この言葉を発しているのは「死」そのもので、この表現は「平和で幸福な理想郷アルカディアの地にもまた、私『死』はいる」つまり「死を忘れるな」ということを意味していたのです。

ところがあるきっかけから、この言葉は「我もまた、アルカディアにかつていた」 et ego in Arcadiaと解釈されるようになりました。
「死者」が「私にもアルカディアにいるという至福の時があったのに」という感傷と憂愁に満ちた想いをアルカディアの住人に語りかけるために発したものとして考えられるようになったのです。

「常に、死を意識せよ」という警句として発せられた言葉が、いつしか自分が経験した理想郷への郷愁を吐露する言葉として解釈されるようになったというこの話に私は惹かれます。
「死を忘れるな」という苦く厳しい警句は真理を鋭く突いている言葉だとは思いますが、「私にも、あの理想郷で過ごした日々があったのだ」という言葉にも憂いに満ちた悲痛な心の叫びを感じます。

自分が既に、死を意識すべき年齢に達しつつあるせいかも知れません。
また、ときどき生まれ育った遠い日本を理想化して思い出している自分に気付くことがあるせいかも知れません。

ただ、今自分が日本を離れて暮らしているこの地がアルカディア(理想郷)であるというつもりも全くありません。よく、海外生活をされていていまお住まいの地を理想郷のようにおっしゃる方がおられますが私はそういう気持ちにはなれません。

この、ブログの最初の投稿にこのテ-マを選んだのには別の理由があります。それは、また別の機会にお話ししたいと思います


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Commented by rond-point66 at 2015-01-18 13:36
はじめまして。先日はコメントをありがとうございました。
ファン申請させていただきましたので、宜しくお願い致します。
長い間海外でお暮らしなのですね。そちらでお感じになり綴られた言葉が大変新鮮に感じられます。私に無い視点をこちらで学ばせてください。
by GFauree | 2014-12-06 10:12 | Comments(1)

南米ペル-の首都リマに暮らす団塊世代男が、「大航海時代」とそれ以降に展開された歴史について、思うところを綴っています。カテゴリ-の欄に、過去の記事を、テ-マや人物ごとに分類しています。ご自分の興味のあるカテゴリ-を選んで読んで頂ければ幸いです。