インカ帝国滅亡は日本のキリシタン時代の少し前

a0326062_02551778.jpg


ペル-の征服者フランシスコ・ピサロがリマ市を建設したのは1535年です。その14年後の1549年宣教師フランシスコ・ザビエルが日本に到着しました。その時から鎖国が完成したといわれる1639年までの90年間が日本のキリシタン時代だと考えられます。それは、信長・秀吉・家康による「天下統一から徳川幕府成立の時期」とほぼ重なります。

と書いきて、そんなこと当たり前じゃないかと怒られそうな気もしますが、
若いころ歴史というものを全く身近に 感じられなかった私がそれに気が付いたのは、60歳を過ぎてこちらへ来てからです。

私はもともとカトリック信者の家庭に育ったのですが、
「キリシタン」について特に興味をもつことはなく、それに関する本を読んだこともなかったのです。「キリシタン」というと、どうも聖人や美化された殉教の話ばかりで面白くないしあまり意味もないような感じがしていたのです。

ところが50歳の頃、この時代のひとりの日本人司祭について知りたいと思うようになり、この時代の歴史に関する本を読み始めました。そうして、わかったことは1970年代の半ば頃からこの時代に関する研究が大きく変わっていたということです。その変化をもたらしたのは、高瀬弘一郎氏の諸論文であり「キリシタン時代の研究」他の著書ではないかと思います。

その研究の成果によって、キリシタン時代の布教の主力であったイエズス会やその他の修道会が経済面を含めて本当はどのような活動を展開していたのか、時の最高権力者や統一政権にどのような働きかけをしたのか、また統一政権側はその働きかけにどのように対応しようとしたのかを知ることができます。それは、400年以上前のこととは思えないほど生々しく興味深いものです。

また、もっと卑近な事柄について言えば、イエズス会士との接触の中でよく言われる信長の進取の気性がどんなものであったかを知ることができますし、豊臣方との決戦「大阪冬の陣」の直前までキリスト教許容の可能性を探るなど、家康が如何に慎重に外交政策を検討していたかを知ることもできます。

秀吉については日本人奴隷輸出問題でイエズス会の責任を追及するなど、この時代の修道会の性格を見抜いた上で外交を展開しようとしている点はよくある秀吉に不利な評価を見直しさせるものだと思われます。

その時代の日本側の代表的人物である信長・秀吉・家康は日本史の中でも最も人気のある人たちですから面白いのは当たりまえかも知れません。でも面白いのはこういう日本の最高権力者たちばかりではありません。
宣教師たちもひとりひとり個性が強く性格的な欠陥もあるけれど魅力的な人物が多かったように思います。私が特に面白いと思っている人物についてこれから折に触れて書いていきたいと思います。

またこの時代には、スペイン・ポルトガル両国が国家事業として世界展開を進めていたという側面があります。その結果として考えられることですが、たとえば「この時代のリマに日本人が20人いた」とか「ペル-から日本へ行き秀吉と面会した人物がいた」という記録もあります。
これらについても、書いてみたいと考えています。

ペル-というと、すぐインカ以前の時代の考古学的研究が話題にされますが、私はスペインによる征服以降の歴史により興味を感じます。そして、その植民地時代初期と同時代である、日本の「キリシタン時代」についても、これからもっと知識を深めていきたいと思っているのです。










[PR]
Commented by rond-point66 at 2015-01-20 11:17
独特なアプローチからキリシタンの歴史を求められており、大変興味を覚えます。実際に南米にお住まいで研究される方はほとんどいないのではないかと思います。キリシタン史研究は史料の多くが外国語であり、まず言語のハードルが出てくるので、日本ではそれで諦める人もいます。そちらにお住まいの岩井様には是非研究をお続けいただきたいです。今後の発信を楽しみにしています!
Commented by GFauree at 2015-01-23 06:12
もし、面白がって頂けたら、とても嬉しいです。
ここはカトリック国ですが、在住の日本人の方の中にも、この国の人の中にも、日本のキリシタン時代に関心を持っている人はあまりいないようです。
また、同時代であるスペイン植民地初期の時代のこの国の歴史についても、それほど興味を持つ人はいないようです。その理由は、まず、日本のキリシタン時代史もスペイン植民地初期時代史も、あまり表面的に愉快でない部分があるからではないかと思います。また、日本ではカトリック教会の存在が小さすぎること、この国ではカトリック教会の影響力が大きすぎることも、人々の関心をそむけさせて来たのではないかと考えます。この国の人が、高瀬弘一郎氏の研究の内容を知ったらきっと驚くと思います。そのくらい、日本では研究の自由があるということです。(もったいないですね。)
Commented by GFauree at 2015-01-23 06:22
私は言語の障壁によって、キリシタン時代史専門の研究者が少ないことより、研究者の研究成果に関心を持つ一般の人が少ないことが気になります。
例えば、高瀬弘一郎氏の翻訳や論文を読んだことのある人がどれだけいるのでしょうか。岩波の大航海時代叢書の「イエズス会と日本 一・二」など、大変な量の翻訳が、とても良い日本語で書かれているのに恐らくはあまり読まれていないだろうと思うと、とてももったいない気がします。
Commented by GFauree at 2015-01-23 06:36
だけど、私は、皆がこういう専門家と同じことをする必要はないと思っています。私を含めて、一般の人は出来れば外国語や古文書などと格闘したりなぞせずに、信頼できる研究者の翻訳や解読を利用すればよいのだと思うのです。一般の人は、一生それで食べて行かなければならない専門家のまねをする必要はないのです。そんなことより、専門家の研究成果を自分の思索や人生に生かすというもっと大切な課題を各自が持っているのですから。でも、その過程や結果で、結局、自分で翻訳したりしなければばらないことが出て来てしまうかもしれませんけどね。
Commented by rond-point66 at 2015-01-23 12:39
一般の方で熱心に研究されている方は日本に結構いらっしゃいます。一つの立場や専門を持ちつつこの歴史に関わっており、多面的な歴史世界が構築されていくことに貢献されています。どこの分野もそうですが専門家の研究は非常に細分化されており全てを網羅していませんので、様々な分野や立場からのアプローチはとても貴重に思えます。
by GFauree | 2014-12-08 13:25 | 大航海時代 | Comments(5)

南米ペル-の首都リマに暮らす団塊世代男が、「大航海時代」とそれ以降に展開された歴史について、思うところを綴っています。カテゴリ-の欄に、過去の記事を、テ-マや人物ごとに分類しています。ご自分の興味のあるカテゴリ-を選んで読んで頂ければ幸いです。