【大航海時代のおと】

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1613年、ペル-のリマ市に日本人が20人いた。[その1]

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ペル- 太平洋とアンデスの国 増田義郎/柳田利夫著(中央公論新社)
の中に、次のことが書かれています。

1.1613年の副王庁によるリマ市の人口調査に「ハポン(日本)のインディオ男女20人」が記されている。

2.この日本人たちは、フィリピン・マニラ~メキシコ・アカプルコ経由ペル-に渡航してきたと考えられる。

というのは、当時フィリピンのマニラには人口約2000人の日本人居住区があった。また、マニラ・アカプルコ間に毎年1回“マニラ・ガレオン船”が運航されていた。

従って、マニラ周辺にいた日本人の中から、この“マニラ・ガレオン船”で新世界へ渡った者がいたとしてもおかしくないのである。

3.また、彼らがリマにたどり着いた背景には、ポトシ-リマ(カヤオ)-アカプルコ-マニラ間のの流れがある。

(ちなみに、カヤオは先日、日本語の生徒たちと遠足で行った港です。)

私がこれを読んだのは、当地に住み始めて3年経った頃でした。
私は自分自身の経験から、その「20人の日本人」の気持ちが分るような気がしました。さらに、彼らについてもっと知ることで私がこれから生きていくための力を得られるのではないかとも思いました。

そこで、自分なりにこの歴史的な出来事について調べてみることにしました。

何人かの方々からご教示、ご協力を頂いて、「20人の日本人」が記載された「1613年のリマ・インディオの人口調査」の復刻版が1968年に国立サン・マルコス大学文学部から出版されていたことが分りました。

次回は、その「1613年のリマ・インディオの人口調査」の内容についてお話したいと思います。



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by GFauree | 2014-12-13 15:06 | リマ市20人の日本人 | Comments(0)