【大航海時代のおと】

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清くも正しくもなかったけれど本物の臭いがする長崎代官 村山等安 [その2]

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村山等安の生涯を簡単にたどろうと思います。

以前、ペル-から日本へ来て1592年に秀吉に会った男「フアン・デ・ソリス」の話を書きました。
(http://iwahanjiro.exblog.jp/i4/)

その「フアン・デ・ソリス」と同じスペイン人で1594年にメキシコ・マニラ経由で日本に来たアビラ・ヒロンという男がいます。そんな男がいること自体、その頃の長崎が『大航海時代』と呼ばれる世界の流れに浸っていたことを、感じさせてくれるような気がします。

そのアビラ・ヒロンが書いた『日本王国記』という記録の第十九章に、等安の人物像が書かれています。

因みに、『日本王国記』には1592年フィリピン総督が日本へ送ったドミニコ会の神父フアン・コ-ボのことは書かれていますが、スペイン人・ドミニコ会からすればフアン・コ-ボに随行して大活躍したはずのフアン・デ・ソリスについては何故か全く触れられていません。

アビラ・ヒロンはスペイン人ですし、フアン・デ・ソリスとは同業の商人だったと考えられています。確かに、ソリスの件が発生した時点にはヒロンはまだ日本にはいません。しかし、わずか2年前の同国人・同業者の同じ土地での活動について聞くことはなかったのでしょうか。また敵対する立場のイエズス会のルイス・フロイスでさえ、あれほど大事件として取り上げていることを考えても全く言及していないことは腑に落ちません。アビラ・ヒロンとフアン・デ・ソリスの間に何かあったのかも知れません。

それはともかく、等安が25年も長崎代官という要職を占めていたために、その名前は長崎の様々な出来事に関する記録に登場します。ところが、等安自身の「一代記」のようなものはあまりお目にかかりません。多くの人の好きなキリシタン大名などの武士ではなく、しかも一時期、素行がかなり悪かった人なので、避けられて来たのかも知れません。ひとつだけ、文庫になっている評伝を読んだことがありますが、私の苦手な個人礼賛型の伝記であまり面白くないしあてにもできません。

そこで等安を取り巻いた周囲と彼自身の人生の推移を、アビラ・ヒロン『日本王国記』と末尾に挙げる参考文献などから、項目ごとに抽出してみました。

次回、その項目ごとの内容を書こうと思っています。


〈村山等安の人生〉

1.その頃の長崎
2.等安の生い立ち
3.秀吉との出会いと代官職
4.徳川幕府開府以降
5.堕落した生活
6.キリシタン禁制が出されてから
7.「長崎シスマ(教会分裂)」の黒幕
8.追いつめられる等安
9.一族の絶滅


〈参考文献〉

1.アビラ・ヒロン 『日本王国記』大航海時代叢書 岩波書店
(Relación del Reino de Nippon a que llaman corruptamente Jappon)
2.村山等安とその末裔 村山トシ 芸文社
3.通辞ロドリゲス マイケル・ク-パ- 原書房
4.キリシタンの世紀 高瀬弘一郎 岩波書店
5.キリシタン時代対外関係の研究 高瀬弘一郎 岩波書店



つづく





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by GFauree | 2015-02-09 05:32 | 村山等安 | Comments(0)