【大航海時代のおと】

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「鼻のない男の話」 [その2]

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                                       (写真撮影 三上信一氏) 




1.作者と小説の効用について



・作者きだみのる について


私が聞いたことがあったのは、せいぜい、型にはまることを嫌い奔放な生活を送った人柄を示すような逸話ぐらいのことだ。パリに留学した後、アテネ・フランセでフランス語とギリシャ語を教えていた経歴なども全く知らなかったし、山口瞳の『男性自身』を読むまでは小説「鼻かけ男のはなし」のことも、勿論知らなかった。


だから、山口瞳の『男性自身』でその小説の粗筋(あらすじ)を読んだときは、何だか儲けものをしたような気になった。


・「大航海時代」に関する本は少ない

と言うのは、「大航海時代」の歴史に興味を持ち始めて、この20年、出来るだけこの時代に関する本を読んできたのだが、私にとって面白そうで、かつ重過ぎなさそうな本というのは、ありそうで実はなかなか無い。そもそも、「大航海時代」に関する本は、著書も著者も驚くほど限られている。


・インタネットの情報は「目次」のようなもの

要するに、読者が殆どいないのだから、仕方がないということなのだろう。以前は、歴史というもの自体に全く関心の無かった私には、実情がよく分る。それで、ある勉強会のような所でその話をしたら、「インタ-ネットがあるじゃないですか」みたいなことをしたり顔で言われて、愕然とした。

そんなことを言う人は、インタ-ネットの「検索」で得られるような知識しか必要としたことがないのだろう。インタ-ネットの「検索」で得られる情報は、概ね本の「目次」のようなものである。「目次」が必要なこともあるが、それは必要な知識の骨と表皮の一部に過ぎず、肝心な知識の中身とは別物である。だから、適当な本を探して手に入れることが、結局必要なのだ。


・だからこそ、“やめられない、とまらない”本探し

それで、この20年間、自分にも面白く読めそうな本を探し続けてきた言って良い。逆に、そんな本を見つけて読むときの楽しさは、おいしい料理に出会ったときと同様、何とも応えられないものがある。そんなこともこの「大航海時代史」に関する読書趣味が“やめられない、とまらない”理由のひとつになっていると思う。



2.この小説のどんなところに興味をそそられたか


ところで、この小説に私が興味をそそられたのは、「発見・征服」を教会と国家が教俗一体の体制で推進した、まさに「大航海時代」のポルトガルの国内外の情勢を背景に、そこに生きた人々の人生が描かれていることであった。そして、さらにそのような小説が、日本の、それも歴史小説とはあまり縁のないような作家によって戦後間もない頃に書かれているということであった。

作者きだみのるは、「『鼻かけ男の話』は、最初イギリスのヨット狂の貴族の自販本でその存在を知り、ほかの地理発見の冒険誌二、三を読んで補いながら書いたものだ。」と、自選集の「あとがき」に書いている。




・何故かあまり明かされていない、ポルトガルによる「発見・征服」の進め方

前回、粗筋(あらすじ)にも書いたが、ポルトガル・スペイン両国は1494年、トルデシリャス条約を締結して、大西洋上の一地点を通る子午線を境界線とし、その東側をポルトガル領、西側をスペイン領とすることを協定した。


(1)スペインの「発見・征服」

その境界線から西側に遠征したスペインは、北米の南部と、ブラジルを除く南米全域そしてフィリピン諸島を征服した。

その征服の仕方は、対象となる地域全体を先住民を含めて植民地支配することを原則とするものであり、先住民に対する支配の仕方は苛烈を極めた。ヨ-ロッパから持ち込まれた疫病が猛威を振るったためとも言われているが、先住民は実際にほとんどが激減または絶滅させられた。


・「黒い伝説」

このスペインによる新大陸征服と植民地支配の記録は、「黒い伝説」と呼ばれ、他国のスペインに対する攻撃のプロパガンダのために、徹底的に利用された。「黒い伝説」は、今では一般的に客観性を欠いた歴史的資料だとされている。しかし、一部事実に基く部分がある以上、全面的に否定できるものでもない。

先住民擁護運動の旗手と目されるバルトロメ・デ・ラス・カサス(スペイン人ドミニコ会士)の著作は、直ちに各国で翻訳・出版され、「黒い伝説」としてスペイン批判の材料として利用された。因みに、日本のキリシタン迫害の歴史を記した、フランス人日本史家レオン・パジェスの『日本切支丹宗門史』(岩波文庫にあり)も、第二次大戦中日本攻撃のための「黒い伝説」として欧米諸国に利用されたと言われている。



(2)ポルトガルの「発見・征服」

一方、ポルトガルの「発見・征服」については、それほど悪く言われてない(ようだ)。「ようだ」と言うのは、それについて日本語で書かれたものが少ないために、そう見えるのかも知れないと考えるからだ。外国語で書かれ、日本語に翻訳されていない本は沢山あるのかも知れない。もしそうだとしても、私には原書を読む能力も体力もないから、そういう本の存在や内容を知る方法は殆どないので、実際の所どうなっているのかは判らないのだが。

私が、ポルトガルについて上に書いたような印象を持った理由として、「ポルトガルは相手国の領土と先住民を植民地支配する考えはなく、ただ『発見・征服』によって交易の拠点を得ようとしただけだ」と、何処かで読んだような気がする。ただし、奴隷が世界的に展開されたポルトガル貿易の主要商品の一つだったというのは、既に“常識”のようである。



歴史小説においては、史実を含め全てを作者が表現のために改変し、創作しても構わないことになっている。従って小説に書いてあることは、何であっても「過去の事実」と考えるべきではない。しかし、良い小説ほど人間や社会に関する洞察力に溢れているから、語られてこなかった「真の史実」を示唆してくれるのではないかという期待が、私にはある。そこで、この小説に書かれた、ポルトガルによる「発見・征服」に関する描写を抜粋してみた。



・この小説からの抜粋と気付くこと


(下記括弧内が小説「鼻かけ男の話」からの抜粋)

一番根本的な目標は、香料貿易を独占的に行っている回教徒をインド洋沿岸から追い払ってポルトガルのためこの貿易を独占・確保することであった。

とすれば、平和的に「発見・征服」を進めたなどということはあり得ないことになる。

この目的達成には、回教徒の商船を襲撃することも、貿易基地や寄港地の回教徒の破壊も、また回教徒に味方してポルトガルの目的を妨げる都市を懲らすことも必要であった。

そのために、海沿いの町を次々に襲撃し、市街を焼き、掠奪し、住民を皆殺しにした。黄金の都市ゴア攻略の際は、先住民の守備兵9千人と回教徒6千人を皆殺しにした。東アジアの交易の中心で富裕な町マラッカ(現在のシンガポ-ル付近)を攻撃し掠奪した、ことも書いてある。


・以上についてさらに私が思うこと


(1)中東からインドにかけての「発見・征服」は、香(辛)料貿易を奪い独占するための、回教徒と彼らを支持する勢力への、襲撃・掠奪・破壊を意味した。
(香辛料貿易を奪い独占するためには、回教徒の殲滅が必要だったということだろう。)

その掠奪等を正当化する役を、「教俗一体」体制の下に教会が引き受けた。教会のお墨付きを得たポルトガル遠征隊は、異教徒の財産・生命をどうしようと構わなかった。その代りにポルトガル人であっても、キリスト教を棄てた者は反逆者ということになったのだろう。

(2)ここで、気付くことは、遠征隊が攻撃し、占領したゴア(インド)もマラッカ(シンガポ-ル付近)も、後にイエズス会が、フランシスコ・ザビエルが、活動拠点とした都市である。

ポルトガルはマラッカ攻略後、マカオ(中国)に拠点を設け、その経路は日本へと伸びて行った。つまり、日本へのキリスト教伝来は、ポルトガルの襲撃・虐殺・掠奪の延長線上にあったというわけだ。

(3)イエズス会東インド巡察師アレッサンドロ・ヴァリニャ-ノ(イタリア人)は、ザビエルの後継者として日本キリシタン史上最も大いなる活動をした人物とされている(松田毅一)。

彼は1582年12月、フィリピン総督(スペイン人官僚)に送った書簡の中で以下の主旨を述べている。

「シナを征服することは、スペインに益するところ大である。
日本は武力征服を企てても成功の見込はなく、しかも物質的に益するところが少ない。
それ故、シナの武力征服において、日本の軍事力を利用すことを提唱する。」


私は、この書簡の内容から「死の商人」という言葉を連想した。
それは、本来「武器を売る者」つまり「武器を売らんがために、死をもたらす者」という意味だろう。とすれば、ヴァリニャ-ノは「宗教を広めんがために、布教国日本の軍事力を利用した戦いすら提唱した者」ということになる。
これについてもまた、それは「時代の常識」だったと考えるしかないのだろうか。




3.「大航海時代」のポルトガルの国家と人々の実情は、日本の戦後のそれに重なる


山口瞳は、「とにかく、余人は知らず、私はこの小説に痺(しび)れた。当時の国情と、日々の私の気持ちがぴったりとこの小説に合ってしまった。」と書いている。


・日本の戦後

この小説は昭和28年(1953年)文芸雑誌『群像』に発表された。昭和28年と言えば、米国他連合軍との戦争終結から8年後であり、その3年前に勃発した朝鮮戦争が休戦に至った年である。

ちなみに、NHKテレビの本放送(「試験放送ではない」という意味)が開始されたのもこの年である。ついでに言えば、その頃はNHKでも“英雄”力道山のプロレスを実況中継していた。当然、一般家庭に高価なテレビは無かったから、新橋駅前や渋谷駅ハチ公前に設置された受像機を見るために人々が殺到した。そのために、群衆が広場や道路にあふれ都電が不通となったこともあったということだから、如何に多くの人が集まったかが想像できる。

朝鮮戦争による特需が日本経済にもたらした好景気は“神武景気”と呼ばれ、戦後の高度成長の始まりとされている。

日本の軍人・一般人併せて約3百万人の犠牲者を出した戦争が終わってから、わずか8年しか経っていない時期である。都市の多くは、広島・長崎はもとより東京・大阪でも焼野原だらけであったはずである。

ところが、大衆はもう新しい娯楽に飛びついている。そんな中にあって、気の利いた者は、既に新しい時代の潮流に乗ろうとしているかに見えただろう。そうでない者は、ひたすら焦り自分の不甲斐なさを責めていたかも知れない。


・大航海時代」ポルトガル国内の実情

よく、「大航海時代」にヨーロッパ諸国から国外へ流出した人々について、「雄飛した」などと言って勇壮さが強調されることがある。海難事故で彼らのうちの何割かは命を失ったと言われているから、風を動力とする船しか輸送手段の無い当時、海外に出ることは相当に危険であり、確かに勇気の要ることだった。だからこそ、もし国内に留まれるものならば、そうしたかった筈である。端的に言えば、要するに食えないから海外へ出ざるを得なかったということである。

これは、明治以降日本から海外へ移住した人々についても、言えることである。彼らを尊重しようとすることが、逆に彼らの途方もない苦労を見えなくさせている。私は、こちらに来て初めて、その移住した人々がどれ程の辛酸を嘗めねばならなかったを知った。


通辞ジョアン・ロドリゲスの例

さて、当時ポルトガルを出国した人々の実情であるが、そのよい例がイエズス会の通辞ジョアン・ロドリゲスである。

時々、「当時のイエズス会の宣教師は皆、ヨ-ロッパの祖国ではエリ-トだった。」などと、言ったり書いたりする人がいるが、それは大嘘である。当時の日本人には、「彼らが祖国で食えないがために、遥かかなたの日本まで来たのでは」と賢明にも推察した人が少なくなかったことを、宣教師自身が「日本人の猜疑心の強さ」として嘆いているのである。確かに、カトリック教会には宗教改革によって失った教勢を回復するために、海外布教に組織の存在を賭けざるを得ない事情があった。

ロドリゲスは、最高権力者であった秀吉に寵愛され、家康によって見事に失脚させられ国外追放されたことが知られているが、イエズス会の中でも異例の出世を遂げていた。時勢に、権力に迎合することが巧みな者は、教会(修道会)の中でも出世する可能性が高かったのだろう。現在はどうなのかは、教会(修道会)が人間の集団であることから推して知るべしである。

彼は、元々ポルトガル北部の寒村の出身で、10歳になるかならないうちに出国し、日本に渡来したときは、宣教師か商人の使用人だったらしい。自分の生年月日すら、正確には知らなかったと言われている。


要するに、年齢を問わず、食えない故に国外に出ざるを得ない者が多くいたということだろう。また、国外に出たことで成功した者が僅かにいて、帰国した彼らを羨望の目で見る人々が周囲に少なからずいたということは、当然あったのだろう。

そう考えて来ると、山口瞳の言うように、当時のポルトガル国内と終戦直後の日本とに共通したところがあったことは確かなようである。



今回は、この小説のどんな点に興味をそそられたのかを中心に述べて来た。
次回は、この小説を通じて作者は何が言いたかったのか、について考えてみたい。



〈つづく〉




[参考文献]

男性自身 英雄の死   鼻のない男の話 山口 瞳著     新潮文庫    新潮社
きだみのる自選集    第一巻 鼻かけ男の話              読売新聞社
「キリシタン時代の研究 第3章 キリシタン宣教師の軍事計画 高瀬弘一郎著 岩波書店
「ヴァリニャ-ノとキリシタン宗門」    松田毅一著作選集         朝文社
                                               

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Commented by taijun kotaki at 2017-06-06 07:39 x
興味深く拝読させてもらいました。近頃の日本の若者が、外国に留学しなくなった、などという話も思い出しました。
大航海時代に取材した作品が少ないというのは、ちょっと意外でした。

次も楽しみにしています。
今回のところは、少し急ぎすぎ?のように思います、つまり、もう少し聞きたいなあと思いました・・・
連載小説の 次回を期待して待つ、の感じです。
Commented by GFauree at 2017-06-07 00:30
taijun 様

コメント有難うございます。
私の若いころは、社会の風潮として右も左も欧米への憧れが強かったように思いますが、その憧れが「大航海時代史」への関心にまではそれほど結びつかなかったのではないでしょうか。今の若い人があまり外国に憧れも興味も持たないとすれば、本は売れないでしょうから、これからもあまり状況は変わらないのでは、と思います。

それと、「大航海時代」を学問的に究めようとすれば、研究者にはポルトガル語・スペイン語・ラテン語などの知識が必要ですから、それも著者・著書が増えない原因だと思います。つまり、供給側の研究者があまり増えていないのです。

[その1]は小説のあらすじを書いただけでしたから、[その2]には自分らしい記事を書こうとして、気付いたことを漏れなく書いてみたら少し散漫になってしまったみたいです。
次回は、小説そのものについてじっくり考えて書いてみようと思っています。

引き続き宜しくお願い致します。

岩井半次郎
by GFauree | 2017-06-02 03:28 | 鼻のない男の話 | Comments(2)