【大航海時代のおと】

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「鼻のない男の話」 [その1]

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                                        (写真撮影 三上信一氏)





山口瞳の『男性自身』から


山口瞳は、「週刊新潮」に『男性自身』と題するコラムを1963年から31年間連載し続けた。その『男性自身』は「男性自身シリ-ズ」として新潮社から刊行されているが、そこからセレクトした作品を収めた作品集が何冊か文庫本になっている。

『男性自身』は週刊誌のコラムだけあって、サントリ-・ウィスキ-の宣伝でよく目にしたことのある漫画的な(独特の味のある)柳原良平の挿絵が添えられていて、一見読み易そうであるが、内容はかなり濃かったり深い含蓄があったりするものが多い。

正直に言うと、山口がそれを執筆した年齢の頃の私には理解できず、最近になってやっと意味が分ったりすることが結構ある。「あれは、こういう意味だったのか」というその感じが私は楽しみで、今でも時々図書館から借りて来て読んでいる。


きだみのる の小説

その文庫本の中の一冊、男性自身 「英雄の死」(新潮文庫)に、「鼻のない男の話」は収められている。これは、きだみのる の小説「鼻かけ男の話」について書かれた一文である。原題「鼻かけ男の話」が「鼻のない男の話」とされているのは、身体的欠陥をあけすけにいうことを避けるという配慮のためだろうと思う。

この小説の梗概(あらすじ)は、山口瞳のコラムの中に書かれているが、その内容をお伝えしなければ話が進まない。かと言って、そこに書いてある梗概を全て丸写しにする訳にもいかない。そこで、拙いことは承知で私なりにあらすじをまとめてみたので、先ずは目を通して頂きたい。一部どうしても丸写しになってしまったことは、ご容赦頂きたい。


「鼻かけ男の話」梗概(あらすじ)

1.時は、15世紀の終わりから16世紀の初めにかけて、ポルトガルがスペインとの間に世界分割を協定したトルデシリャス条約を結び、アフリカ沿岸経由で東に向かって盛んに「発見・征服」を進めていたころの話である。

主人公フェルナン・ロペスはリスボン生まれ、ギリシャ語を貴族の子弟たちに教える文学趣味のどちらかと言えばひ弱で地味なな青年だった。が、彼は、親友ジュアノ・Dが好意を抱く美しい彼の従妹(いとこ)ローザに思いを寄せ、ついには彼から奪ってしまう。

傷心のジュアノ・Dは、インド航路を発見しリスボンに戻って来たヴァスコ・ダ・ガマの第二回の遠征に身を投じる。5年後に戻って来た彼は夥しい財宝を持ち帰り、ローザに大きなダイアモンドの垂れた金の頸飾りを贈る。

フェルナノはジュアノが持ち帰った財宝に幻惑された。ジュアノとは性格が違うというロ-ザの反対を押し切って、フェルナノはインドへ赴く遠征隊に加わった。彼の出発の5か月前に娘のアンジェリカが生まれていた。


2.ロペスの乗り組んだ船隊は、海沿いの町を次々に襲撃し、市街地を焼き、掠奪し、全ての住民を殺して進んでいった。ポルトガル王は掠奪品総額の2割を徴収することを引き換えに掠奪を公認し、香料を王室の専売品とし、インドから運ばれた商品に対しては品物によって62.5%までの輸入税を徴収していたのだ。つまり、遠征隊が掠奪を進めれば進める程、ポルトガル王室が莫大な利益を得る仕組みになっていた。ポルトガル王室こそ遠征隊という名の盗賊の元締めだったことになる。

遠征隊は、苦戦の末、ついにはインドの“黄金の都市”ゴアをも占領し、守備兵9千人、回教徒6千人を皆殺しにした。この虐殺に参加したロペスは、ある建物の中で若い女に出遭い、彼女を見逃した。大虐殺の夜、ポルトガルの軍人に見逃して貰った美貌の舞妓がいたことが噂になる。


3.ポルトガル兵の中には、土地の娘と結婚し、棄教し、雑貨屋の主人になった者も居た。その雑貨屋と取引のある現地人のロサルカッドという男が、ロペスと問題の舞妓との再会を手引きした。ロペスは、舞妓アイシャに対する熱情の虜(とりこ)となった。

ある時、ポルトガル軍の隊内で棄教の疑いのある者たちが責めらられ、棄教者たちは土民兵とともに反乱を起こした。教会と国家とが一体となった体制のなかで、ポルトガル人であってもキリスト教を棄てた者は国家への反逆者とみなされ、ロペスもその中の一人だった。ロサルカッドは彼らを助け守備隊長となった。


4.
マラッカ(シンガポ-ル付近)の平定に向かっていた副王ダブルケルケがインドに戻って来た。彼は叛乱軍である守備隊に対し降伏勧告を行い、棄教ポルトガル人の無条件引き渡しを要求した。ロペスは叛乱軍の発起人と見られていた。ダブルケルケは棄教者たちの右手首と左拇指を切り落とし、両耳と鼻を削いだ。そして、彼らを見せしめのためにポルトガルに送ったが、ロペスだけはこの運命を免れた。

1516年秋、ゴアからリスボンに向かって出発したサン・ミカエル号に鼻のない男ロペスが頼み込み乗船した。同船者たちは彼を悪魔の使であるかのように眺め、「どんな猛獣よりも人間は猛獣だ」とロペスに思わせた。彼は、アイシャの遺品である頸飾りを船長に渡し、娘のアンジェリカに届けるように頼んだ。

船が、アフリカから2,800km離れた南大西洋に浮かぶセント・ヘレナと呼ばれる無人島に仮泊したとき、ロペスは姿を消した。


5.ロペスが無人島に暮らして10年が経った頃、彼は本国中に広く知られる存在となり、「ロペスは今年もセント・ヘレナ島で生きているかどうか」が賭(かけ)にされるようにさえなった。

更にそれから10年の歳月が流れたころ、ロペスはリスボン行きの便船に乗った。王宮に行き王と妃に会い、ロ-マに行って法王から棄教の罪に対する赦(ゆるし)を貰った。

そして、法王に懇願して国王宛てにセント・ヘレナ行の船に乗れるよう手紙を書いて貰ったので、国王は彼をセント・ヘレナに送った。法王によって良心の咎を拭われ、彼の心は軽くなり人間に対する恐怖も鎮まっていた。


6.鼻のない男は、その後無人島でさらに10年ばかり生きたようだ。

1815年、ナポレオンがセント・ヘレナ島に着いたとき、ロペスの飼っていた家畜の子孫が野生に戻って生存しているのを発見したと言われている。



この小説について私が考えたことは、次回お伝えしたい。



[参考文献]

男性自身 英雄の死    鼻のない男の話 山口 瞳著 新潮文庫 新潮社
きだみのる自選集 第一巻 鼻かけ男の話           読売新聞社






                                            


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by GFauree | 2017-05-20 03:53 | 鼻のない男の話 | Comments(0)